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 NORI

Author: NORI
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クリスタルヒーラー


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クリックで救える命がある。


2017.05.18     ドラセナの花   
カテゴリ:その他

 

携帯にて撮影


師匠宅に、季節外れに咲いた 幸福の木(ドラセナ)の花。 
今日のワーク終了時に、最後の2輪が開いてくれました。

自分は無力である。自分には自分の人生を変えられない。 
もしくは…、せっかく手に入れた今の状態を変えたくない。

自分が設定して来た 『 不自由 』 という人生のシナリオを
書き換える際の最も大きな怖れが引っ張り出された今日。
この2輪の花は、私には最後の希望のように見えました。






                                                                                

2016.07.07     報道   
カテゴリ:その他

 

AVENON SUPER WIDE 21mmF2.8

一歩離れて見ている


昨日も朝、夢で何か真剣なことをしながら目が覚めたらしく
「 肯定性を受け取らないと、否定性になってやってくる 」
という言葉だけが残っていました。 ん~意味不明です

そんな事をもやもや考えながら朝刊(読売)を開いたら例の
バングラディッシュのテロが一面に。事件についての私見は
割愛しますが、今回 非常に気になったのは記事の書き方。

国民感情を意図的に方向付ける力が新聞の持つ恐しさで
感情量の多い私は、情的に正義感を燃やすタイプですが
それはそれとして一歩離れて観察している感覚でいます。

そうしようとしてそうなったと言うより、気付いたらそうだった。
でも、そんな自分に慣れなくて不安を感じたりもしています。







                                                                                

2016.06.27     夕空   
カテゴリ:その他

 

AVENON SUPER WIDE 21mmF2.8

暮れゆく1日に…


昨夜、珍しく目を開けている事も出来ないくらいに疲れ切っていて
何もかも放~り出して爆睡してしまったようです 朝、目覚めて
電源も落とさなかったPC画面には、処理途中だった昨日の夕空。

綺麗だなぁ ああ…生きてるなぁ  なんて思いながら撮ったっけ。
最近、空が広く清々しく(子供の頃に感じたみたいに)感じます。








                                                                                

2016.05.31     屋上遊園地   
カテゴリ:その他

 



生後半年の私と 27歳の父 ( 母38歳 )


グローブみたいに 太く大きかった 父の手。
私のパーツは 父似。 私の扁平足も 父似。

( 池袋西武デパート屋上。当時池袋駅はまだ木造でした




                                                                                

2014.08.16     緊急連絡   
カテゴリ:その他






ただいま、携帯電話が使用出来ません。



お急ぎのご用は、メールフォーム・PCメール・スカイプまたは家電話へ
(不在の時は留守電話になっています)ご連絡お願いします。早急に、
修理に出しますので、ご不便をお掛けしますがよろしくお願いします。
<(_ _)>

さっきまで使えていたのに…急にうんともすんとも言わなくなりました
誤って海に落として壊した事はありましたけど、今回の様な壊れ方は
初めて。この状況を感じると…携帯が嫌いだった事を思い出します。
どこにいても捕まるのも嫌だし、便利過ぎて使わなくなる能力(工夫・
配慮・考える力)を危惧したりもしていました。そのせいか、困るけど
解放されたような安堵感もあったりします。無きゃ無いで良いさ な

気持ちはそんな感じですが…実際はやっぱり困りますね。幾つかの
重要な機能(ワンパス)の他、なによりメールアドレス記録の保存が
他には無いので連絡取れなくなる方がいます。今回の事を踏まえて
次からはPCと同期化させておこうと思います。 事故が起きなければ
気づかない危なっかしさの上に生きてる事を考えさせられています。







                                                                                

2012.12.26     産声   
カテゴリ:その他

どこかでずっと抱えていた、とてつもなく大きく深い悲しみ。
それを感じるような現象を何度も何度も繰り返して、とうとう
もう嫌だと叫びたくなるほど、目を背けられなくなっていました。

愛のままに繋がれない痛み。
どうして?と理解も出来なくて、どうにもならなかった悲しみ。

今までに無く安心してその感覚に身を委ねたら…
急に切り離されて、そこにあった筈だと手を伸ばして捜すような
まるで母を求めて泣き叫ぶ赤ん坊のような、火のつく激しさでした。

実際、泣きながら空に向かって、言葉にもならない叫びをしていたら
赤ちゃんが生まれ落ちる時に泣くのは、この感覚かもしれないな…と。

だとしたら、今感じているこの悲しみは、産声になるのかもしれません。


今日は 文章だけ先に…




                                                                                

2012.05.22     撮っちゃいました   
カテゴリ:その他

ええ…思わず 

無理だと思ってたら丁度良かったので はい

明日までに 載せ…ちゃいます ましょう 今のウチ…

(さっさとやれよ~ と誰かの蹴りを感じます 笑)


                                                                                

2010.02.19     四十九日過ぎ   
カテゴリ:その他





今年の正月明けに撮った写真を次の出展のプロフィールで使いました。

安置されている母にお焼香した帰り道、海が見たくなって立ち寄った臨海公園です。
自分で思ってる自分とは違う顔に見えます。自分ですが自分じゃないみたい。
ちょっとしたことが深く響く日々、今の自分はこんな顔してるんだ…と不思議です。


    ※              ※              ※


四十九日が過ぎました。もっと早くに書こうと思ってて今になってしまいました。
これ以上伸ばせないお知らせに押し出されてやっと…よっこらしょの更新です。

魂がこの世に留まる期間だとも聞きますが、本当かどうかは知りません。 ただ
間際にまた通夜のような心境の日々が数日続き、香を絶やさず祭壇の前で過ごしました。
その数日の間には、あまりに多すぎて全部は思い出せないくらいの…訪問がありました。
人ではありません。出来事もありましたが、本を読み進めて ああ! みたいな…。
まだ収集もつかず、現在進行形ですが…なんだか溶解(妖怪ぢゃないですよ)を感じます。

四十九日の前日に、お世話になった葬儀会場の担当者さんが必然の偶然でおみえになり
その方とのお話の中に、これは母からのメッセージなんだろうか?と思う事が多々。
普段、葬儀後個人的交流を持つ事は無いというのに、深いご縁を感じた出来事でした。

昨年末、埼玉の自宅まで母を迎えに来てくださったのもこの方でした。 
少々不具合のある状況に驚きもせず、母に敬意を払い、大丈夫ですと励ましてくださいました。
気がつかないうちに腫れた目で視界が悪かった私を、心から気遣ってくださった温かさは
お仕事以上の真心でした。毎日こういうお仕事だなんて…なかなか出来る事では無いです。

この時のお話をキッカケに、納骨についてもう少し違う方向を新たに考えてみる事にしました。
まだまだ既成概念に囚われてる現実社会ですが、私がしたい供養の形を模索中です。
自由過ぎる発想に躊躇しますが…葬儀を経て疑問だらけの現実を体験したからこそ
自分でやってみて…同じように躊躇う誰かが勇気を持てるようなサポートがしたいって
物好きにも…一番大変だと思うその場面に、なんか…また足を突っ込みたいみたいです。

その日別れ際に、これでもうお会い出来るのは最後かもしれないですねと言うと…
「私の仕事は葬儀です。私がお会いする時はどなたかがお亡くなりになった時ですから
お目に掛からないほうが良いんです。」と、力強くおっしゃいました。
ご自分の仕事に誇りを持っている、その見事さに…射抜かれました。尊敬します。

誕生日に母に手渡そうと思っていた絵を、感謝の気持ちで寄贈させていただきました。
平安祭典葛西会場の立石さん。本当にお世話になりました。ありがとうごさいました。


母は亡くなりましたが、母からの教え、愛は私が死ぬまで続いていきます。いえ、きっとその後も。
母の語らぬ言葉は、周囲の方々から溢れるほどにいただきます。 どこにでも母がいます。

昨日いただいたメールの一文が、忘れていた気持ちを思い出させてくれました。
「 子供の頃を思い出すと、母がただ一緒にいてくれるだけで嬉しかった。 」
私もです。ずっとそんな感覚は思い出せずにいましたが、突然思い出せました。
自分では掘り起こせなかった気持ちを思い出させてくださって、ありがとうございます。

幼い頃は、母が居るだけで嬉しくて…抱っこして欲しがり…撫でて欲しがりました。
母が居ると安心で、世界は怖かったけど、母の側でなら怖くなかった。
ママ~の手~は魔法~の手~♪ 何でも、出来ちゃう、不思議な手~♪(古いCMの歌です)
本当に母の手は器用で、魔法だと思ってました。 尊敬してました。
私は母が世界中の誰よりも大好きでした。 


四十九日を迎えると何かが終わってしまうって、勘違いして恐れていたのかもしれません。
さあさ、よいこらしょ っです  (*^_^*)v




母



自分らしく生き、母のように逝きたいと願います。




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※ 個展会期は2月一杯です。 


                                                                                

2010.02.11     43回目の記念日   
カテゴリ:その他






42と言う番号は忌み嫌われますが、私にとっては昔から何故かよく関わるラッキーナンバーでした。
そのせいか、42歳の年にはきっと何か大きな変化があるって子供の時分から信じ待ち望んできました。
そして迎えた42の年。確かに変化著しい一年でした。挑戦、気付き、崩壊、芽生え、選択そして行動。
考えていたものとは違いましたが、結局最後に得たものは、思い願っていたものだったと思えます。

先月、42歳最後に描いた絵は一面に咲き誇るひまわりの花。(Oさん掲載承諾ありがとうございます。)
オレンジゴールドとピンクの色合いは、オーラソーマのトラストボトルそっくりです。自己価値信頼と愛。
セッションで語る事は私自身の事でもあります。昔、プツッと音を立てて切れた信頼の糸を思い出しました。
完全被害者になっていたけれど、自分の選択次第だったと気付き解放されたのも…42の滑り込みです。

自分への信頼。自分への愛。ずっと外から貰おうとしていたものを自己発足で育て、開花し、脈動していく。
それが信頼のひまわり畑。



昨晩、実家の夢を見ました。住んでいた頃の部屋で、現在の私と私の後ろに母が座って会話していました。
特別な会話はなかったけれど、恐れも緊張も怒りも悲しみも無く、通夜の晩のように穏やかに笑いながら。
たとえ夢でもあまり良い感情で目覚めた事はここ20年近く無かった事。本当に終わったんだと思いました。

娘を産んでから思った事があります。
誕生日って生まれた人の記念日であると同時に、産んだ人の記念日でもあるって…。

母の遺品を整理していたら、古い母子手帳とへその緒が出て来ました。それから茶色く変色した育児日記。
43年前の今日の日付で父が絵を描いていました。私の絵心は…どうやら…父遺伝では無さそうです。笑
『戦後第一回目の建国記念日』…戦後第一回目?! 恐ろしいものを見てしまった気がしてクラクラ…。
そして、母の手記。今日は母と私の43回目の記念日。
お母さん 私は毎日毎日元気に丈夫に、そして選択出来る自由を持って生きています。貴女の願いの通りに。

産んでくれた両親に感謝。家族に感謝。今共に生きている大切な方々に感謝。あなたに感謝。
今日は私から愛する人に感謝する日。  心から心から ありがとう(*^_^*) 









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2010.02.03     送る朝   
カテゴリ:その他


送る朝


先の27日に月命日を迎えました。


母が急遽してひと月が経ちます。あっと言う間でした。時間感覚が変でしたが、そろそろ日常のリズムに戻りつつあります。
ブログ更新もままならず、ご心配をお掛けしました。納骨はまだ済んでいませんが、実家の引き払いを終え、一段落です。


知らせを受けたのは死後2日経ってからの29日の朝。脳出血による自宅での突然死でした。
前の日に一番仲の良かったお友達とお食事や買い物をし、夕方いつものように玄関先を掃き、いつものように就寝し
そのまま逝ってしまいました。お布団の中に横たわったままの状態で、ただ眠っているだけのような顔でした。
検死の結果、死亡推定時刻は明け方、あまり苦しまなかっただろうとの事でした。それがせめてもの救いです。

火葬場が動き出す年明け4日を待って、葛西(家の近く)の葬儀場に引取り7日間安置していただきました。
母の生家である天台宗(延暦寺)のお香や、元旦にはおせちを、2日の誕生日にはケーキを(81になる筈でした)持ち込み
最後の時間を好きなように過ごしました。こんなに長いお別れの時間を過ごせたのも、母からの贈り物だと思います。

葬儀を経て、前後色々な心境になりました。気分的には天国と地獄を行ったり来たり、振り切った振り子のようでした。
もう絶対人間になんか生まれてくるもんかっと思いました。 が、そう思う目線を変えてみたら…思った対象と同じ思い込みを
自分も持ち、それを周囲に反映として見ただけだと気付き虚脱してしまうくらい情けなくなったり。
でも、その情けなさに塞ぎ込む間も無く、今度は憎悪した場所にこそ愛があって…結局人間はそういうものなのだと思いました。
誰もが必死で愛を手探りしてる。確かに愛の反対が憎悪なら、憎悪はやっぱり痛いけど愛なんだと自他に思い刻まれた気がします。

それら全部、母から教わりました。

7日間刻々と母の顔は変わっていきました。人間は仏に還るのだと確信します。(仏…大いなる源の一部…愛)
最後までふっくらと温かみのある顔色のまま、日に日に神々しくなっていく姿もまた、母からのメッセージだと思いました。
あまりに尊すぎて、最後はもう私個人の母を越えた存在に感じたくらいです。
母を語ればあまり幸福な話は出来ない人生でしたが、人の幸福は…人の考えを遥かに凌駕するものだと…感じました。
魂で決めて来た事をやりきった顔。師匠の言葉をそのまま借りますが、本当にそう感じ…場違いかもしれませんが…
そんな姿を見ていると、悲しいのに何故かとても嬉しくて温かくて…幸せだと思いました。 それも母からの贈り物です。

長い事二人きりで生きて来た私たち親子だから、最後も二人で過ごしたい。無理を言って通夜は私だけで付き添いました。
最後も…と言うより、最後だからもう一度二人の時間を過ごしたい…私の甘えです。
こんな言い方は変かもしれませんが…一生忘れられない良い通夜を過ごせました。
通夜の晩に師匠と電話し、「肉体は離れても魂は存在している。意識すれば感じる。コミュニケーション出来る。」
その言葉のおかげでもあります。 ありがとうございました。 心から感謝しています。

やっと…素直になれた時間でした。 も~っ分ってるの? 悪態ついたり。 こっちの方が好きだよねっ 笑いあったり。
何度も珈琲入れ替えて、父の分も香を焚いて、一面の白百合を愛でたり、絵を描いたり…その間ずっと温かい手が触れていました。
とても深い場所からじんわりと込み上げてくるような温かさを葬儀の時からずっとずっと感じていました。
とても静かで心安らかで、嬉しくて、幸せで…あんな時間を過ごせた事は最高の幸せです。 それもやっぱり母からの贈り物。
そして、見守ってくれてた家族と影で支えてくれていた人達や師匠のお陰でもあります。 愛をありがとうございました。

トップの写真はその通夜明けの朝日です。この澄み切った空に母は昇っていきました。
届かなかった事もあります。 それを悔いて過ごすよりも、糧にしていきたいと思います。
その為に受け取らないで逝ったのだと思います。 何もかも…母からの贈り物。
どうしても伝えたくて、でも間に合わなかった言葉は手紙にして母の手に渡しました。渡せなかった絵と一緒に。

形は届かなかったかもしれないけど、心は届いてたと確信しています。 だから、悲しいけど大丈夫です。
今後は…お墓に埋葬するつもりが無いので、大地に還れるよう、一番良い方法を探そうと思っています。
長い事心配お掛けしました。 ひとりひとりにご挨拶出来ないままですが…お許しください。


紀子




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※ 連絡出来ないままでしたが…京都の個展続いています。お近くの方は是非お立ち寄り下さいませ☆ませ☆