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 NORI

Author: NORI
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2014.05.31     境界線   
カテゴリ:Hasselblad 500C/M





限界とは 自分に課す制限 あるいは…諦め



娘の進学について、ひとつの制限を取っ払いました。志望する学科が
近くではかなり学力の高い学校しかなく、選択肢が限られていました。
東京の西の方面には幾つかの学校がありましたが、かなり遠距離で
ただでさえ課題の多い学科でもあり、定期試験なども考えると通うのは
現実的に無理だと、最初から切り捨てていました。 根拠は私の経験。

1時間半弱の通学でバス電車バスを乗り継いだ高校時代。部活もあり
試験前などは近所に住む友達と時間的にかなりの差がついた記憶が
親心とはいえ過保護に傾いた要因。志望校がもし受験不可能な時は
近くの普通学科の選択肢を考えていました。でもやりたい事がハッキリ
決まっているのに、そんな安牌狙いで楽しい高校生活になるだろうか。

ハッとしたのは、やはり同じ自分の経験です。確かに大変だったけれど
部活も県代表になり、望んだ心理学科への進学も果たしたではないか。
なにより、そんな遠くの学校を選んだのは自分自身だと思い出しました。
幾つかの理由でわくわくしたんです。遠いけどこの学校に入りたい!と。

それを思い出したら、芋づる式にその後の自分の選択を思い出しました。
短大はさらに遠かった。連日の徹夜レポートで遊ぶ暇も無かった。 でも
親友も出来たし、何より楽しかった。そこで就職先を決めた。思った通り
では無かった。だからこそ、そこで次にしたい事に目覚め夜間で学んだ。
バブル弾けて就職難の中、安泰だった会社をすっぱり辞めた。いつだって
したいことを(間違う時はあったけど)やって来た。自分で決めたからこそ
大変だけどやり抜けたし、次の足掛かりも見つけられた。大丈夫だった。

だから娘も大丈夫。例え大変な条件でも、それに勝る何かがあるならば
彼女ならきっとやり抜けるし、きっと何かを掴む。 私がそうだったように。
経験者として先回りして、親心という情で勝手に限界を強いていただけ。
この気付きは大きいです。この経緯の中で、自分の人生を振り返り見て
色々あったけど、いつだって精一杯やって来たんだと鮮明に思えました。
自分を認めた分、自分を信頼した分、娘も大丈夫だと思えた事が嬉しい。

最近いろいろなキッカケで過去を思い出し、過去の自分に触れ、当時は
持っていなかった自分への承認をあちこちでしているような気がします。
そして、この娘に課した制限を外す事は、未来の生徒さん達に対しても
意味ある気付きと思い、更には…レムリア時代には出来なかった事を
今書き換えているのだという気がします。全てが私自身の癒やしです。

感謝